行列の微分公式集
まず、行列の微分は、成分ごとに微分することで得られます。つまり
行列の微分は行列として
行列の積の微分は成分に注目して
となり、これはとかき直せます。通常の微分公式と一致しています。しかし、行列の累乗を考え始めると、事情は変わります。まずは2乗は積の公式から
となります。しかし、一般に行列とその微分は可換でなく、つまりは一般に成り立たないのでと全く同じ形にはなりません。ただ、可換であったら、通常の微分公式になるので、名残は感じ取れると思います。更に高次の累乗についてはから、帰納的に考えればとなることが分かると思います。となるのでです。また、高次の負冪も累乗の微分公式からとなります。ただ、以上微分の計算が必要になった場面にまだ出くわしたことはないです。
次は、行列の指数関数...と思ったのですが、やたら重いので後回しにして、先に行列特有の演算、つまり、トレースと行列式の微分を考えましょう。
トレースについては簡単で
と、トレースと微分は可換に扱っても問題ないです。行列式に対してはあまり自明なものではなくなってきます。この行列式の微分は多くは余因子展開を使うようですが、物理屋としては素直に出てくる発想ではないので、別証明を与えます。物理でよく使う公式
から始めます。この式の証明は本筋から逸れるので、省略します。まず、左辺を微分すると、対数微分になるのでとなります。右辺を微分する前に、ひとつ、の微分を計算します。これまで示してきた微分公式からとなりますが、トレースの巡回性からが成り立つのでが示せます。この上で、はより、微分と無限和は可換性は自明ではないですけど、認めてもらうとすればとなり、トレースの中はと、計算できます(これは形式的な計算ですが、の証明をなぞらえば、行列の逆数を用いずにできます)。右辺と左辺を並べればと、行列式の微分が計算できました。ちなみに、この式は一般相対論ではとしてとして、用いられています。最後に、行列の指数関数
を微分しましょう。物理ではユニタリ演算子は行列(演算子)の指数関数で現れ、それを微分するときに必要になってきます。ただ、学部レベルの話ではが定行列と変数の積となっていることが多いので、このとき、と、さらには全て可換なのでとかけます。問題はこのように単純でないときになります。実際に微分していきましょう。まずと機械的に計算できます。つぎに、和の取り方を変えてとかき直します。そして、ベータ関数の積分公式を代入します。すると、とが完全に分離できと計算できます。総和と積分の交換性も自明ではないですが、交換できると仮定して進めていきましょう。すると、総和の中が指数関数の形になっているのでとなります。はい、これが最終形です。の微分をの微分で表せたので目的は達しています。なんだこれは、と思わなくはないですが、の微分はでもでもなく、左右に均等にを配分したもの、と見れるのではないのでしょうか。リー群やゲージ理論を勉強しているとという量がよく出てくるので、これを計算して終わります。はリー群の元としてと表します。このとき、であるので
となります。なお、最後の等号はの変換を行っています。